はじめてのイノベーションプロセスデザイン

このブログは、企業や自治体などに所属して、イノベーション・新規事業開発・地方創生などを興す「仕組みづくり」を担う方に向けて、様々な情報を発信していきます。

最初にひとつご注意頂きたいのですが、このブログでは「実際に社会に送り出すイノベーションそのもの」をいかにしてデザインするか?という「プロセス」についてはほとんど触れることはありません。対象としているのは、「イノベーションを興すプロセス」をいかにデザインするか?という「プロセス」がメインテーマです。

少し分かりづらいのですが、組織でイノベーションを興そうする際には、必ず2つのプロセスをデザインする必要があります

ひとつはマーケットや社会課題と向き合い、イノベーションをデザインするプロセス。もうひとつは、組織をイノベーションに向かわせるためのプロセスです。

企業や組織というものは、ある特定の目的・目標を実現するために、組織やプロセスが最適化されています。スタートアップのような組織では、最初からイノベーションや新しいビジネスモデルをデザインするために組織が最適化されているため、イノベーションデザインのプロセスと社内の業務プロセスはほぼ一体化しています。

いっぽうで、既存のビジネスに最適化された大企業で新たにイノベーションに挑戦しようとした際には、イノベーションデザインのプロセスはもちろんですが、既存ビジネスに最適化された業務プロセスからイノベーションデザインに最適化した業務プロセスに「変換するプロセス」が必要になります。

私がこれまでご一緒したクライアントの多くも、リーン・スタートアップ、アジャイル、デザイン思考などのそれぞれの「手法」レベルや、最新のビジネスモデルについてはかなり勉強されているものの、いざ、これを自社に適用しようとすると、社内からの強い反発にあったり、お通夜のようなブレストしかできなかったりと、目指すべきところは分かっていても、現実としては、実践することすらままならないケースが大半を占めました。

原因は、この「変換するためのプロセス」が存在していなかったのです。

私が体験したこの現象は、書籍『リーン・スタートアップ』でも取り上げられていますので、少しそのエピソードを紹介したいと思います。

以下、書籍から引用

私の講演を聞きに来てくれたマークという人物を紹介しよう。彼は巨大企業のマネージャーで、インターネットを活用する新製品を開発し、21世紀に向けて会社の舵を切るために設立された部門を任されていた。講演後、あいさつに来てくれた彼に対して大企業の社内に革新的なチームを作る方法を語りはじめたところ、「いや、『イノベーションのジレンマ』なら読みました。あの本に書かれているようなことは対応済みです」とさえぎられてしまった。(中略)

それでは未来についてアドバイスしようと、広く活用されているクールな製品開発技術について語りはじめたところ、またもさえぎられてしまった。「おっしゃりたいことはわかります。インターネットについては十分に勉強していますし、インターネットに対応できなければウチの会社が終わることもよくわかっています」

マークは、適切な構成のチームから優秀な人材、未来を見据えたビジョン、リスクを取る覚悟にいたるまで、起業の前提条件をすべてクリアしていたのだ。そこまでわかってはじめて、私は、ではなぜ私にアドバイスを求めるのかたずねてみようと思った。返ってきた答えは「材料はすべて揃っていると思うのです。たきつけも、薪も紙も火打ち石もありますし、火花程度ならおこせていると思います。でも炎にならないのです」だった。

『リーン・スタートアップ』第2章「定義」より

私が”Lean Startup Japan”という取り組みを始めて10年が経過し、実に様々なクライアントとイノベーションの仕組みづくりをご一緒しましたが、このエピソードに登場する「マーク」に遭遇した機会は数え切れません。というより、大企業や地方自治体など、すでに確立している強固な文化(残念ながら、イノベーションを産み出さないタイプの)のなかで改めてイノベーションの仕組みづくりを担っているひとたちは、ほぼすべてマークと同じ悩みを抱えていました。

この問題を乗り越える手段をエリック・リースは、「イノベーションの原材料を現実世界の成功へ変換するプロセス」と表現していますが、つまり、既存の文化が根づいている組織でイノベーションを興すには、この「変換プロセス」が重要なのです。

Googleの元CEOエリック・シュミットも、書籍『HOW GOOGLE WORKS』のなかで、「創業したばかりの会社で新しい文化をつくるのは比較的簡単だ。だが、既存企業の文化を変えるのはとほうもなく難しく、かつ成功に欠かせない」と自己体験を語っていますが、まっさらなキャンバスに新しい文化を描けるスタートアップと、すでに既存の文化がしっかりと根づいている大企業では、そもそもアプローチが違います。

大企業でイノベーションを興そうと試みると、実際に起こるのは「マーケットを焚きつけることができない」以前に、「社内を焚きつけることができない」という問題です。

企業にお勤めで新規事業開発を担当された方なら、以下のようなプロセスの必要性を感じたことがあるのではないでしょうか。

  • 既存のビジネスに最適化され、見えない顧客を探し求める必要から「解放」された組織を、もう一度戦場へ引き戻すプロセス。
  • 仕事の「正確性」を忠実に守ってきたメンバーに、今度は積極的に「失敗から学ぶこと」の習慣化や「創造性に満ちたアイディア」を出すように促すプロセス。
  • イノベーションデザインが業績というかたちで現れずとも、来年度も継続するための予算獲得プロセス。
  • やらない理由探しが当たり前の組織体質を、やるべき理由がたったひとつしかなくてもチャレンジする組織に変えるためのプロセス。
  • ベータ版の段階から、ユーザ数と売上増を要求してくる経営陣からイノベーションチームをプロテクトするためのプロセス。

これらをひとつひとつ丁寧に、かつ効果的・効率的に解決していくこと。これこそが、マークが必要としているプロセスであり、このブログの必要性を感じた理由でもあるのです。


イノベーションそのものをデザインするプロセスについては、様々な情報が簡単に参照できるようになりました。有効性はさておき、スタートアップや創造的な企業がどのような手法を採用しているかという情報はオープン化され、誰でもアクセス可能です。

問題となるのは後者のプロセスなのですが、私が確認する限り、アドバイスで最も多いのは、「大企業のこういうやり方がダメ。スタートアップはこうしている」というタイプです。

例えば、「イノベーションに必要な『スピード』を獲得するためには、既存の多重化された承認プロセスを簡略化して、イノベーションチームに権限移譲することが重要だ」などのアドバイスは至るところで目にします。

かつては私自身も同じタイプのアドバイスをしていたので分かりますが、このアプローチは「アドバイスする側」の人間から見ると、イノベーションの原材料を現実世界に適用する最も合理的な手段に見えます。

しかし、これを「アドバイスされる側」から見てみるとどうでしょうか。

こうしたひとつひとつのアドバイスは、「スタートアップがやっていることは全面的に正しく、あなたたちがやっていることはすべて間違い」と言われているように感じたとしても、決して不思議ではありません。

スタートアップのアプローチが「正」、大企業のアプローチを「誤」とする「正誤表」の考えは、スタートアップという「異文化の正論」を、異なる文化を持つ組織に対して無理やり適用しようとしている側面があります。

正誤表による「文化の置換」を否定するわけではありませんが、少なくとも、新しいやり方が「火花」ではなく「炎」にならなければ、結果として正しい選択だとは言えません。

私がこれまで見てきた「マークたち」の課題は、既存の文化を無視してスタートアップ文化を強要するという、このアプローチ自体にあったのかもしれません。


私は、最近の3-4年ほどの間を、どうすれば「イノベーションの原材料を現実世界に適用するプロセス」をデザインできるか考え続け、実験を繰り返してきました。

最初は社内調整のための資料作りをお手伝いしたり、社内研修を開催して関係部門の理解を促すなどを行っていたのですが、やはり、期待しているほどの効果にはつながりません。

多少はスピード感も増しましたし、採算のことは考えずにアイディアの実現に着手するまでには至りました。ですが、マークが言うように「火花は起こるがなかなか炎にならない」のです。

そんなある日、ふと読み返した書籍のなかの一節が目に止まります。そこにはこんな言葉が記されていました。

「私達がデザインしようとしているのは、名詞ではなく、動詞なのだ」

『デザイン思考が世界を変える』:ティム・ブラウン

「デザイン」という言葉や「デザイン思考」に精通している方ならご存知の言葉かと思いますが、いま、「デザイン」という作業は、「モノ」のデザインから「コト(体験)」のデザインにシフトしています。

具体的な例えでいうと、「ウォークマン」は音楽再生機器という「モノ」をデザインから誕生したのではなく、「好きな音楽を聞きながら移動する」という「コト・体験」をデザインから誕生したのです。

日本デザイン振興会「デザインとは」より
https://www.jidp.or.jp/ja/about/firsttime/whatsdesign

これによって何が変わるかというと、モノをデザインしようとするとどうしても「機能」や「外観」のデザインに意識が集中しますが、コト・体験をデザインしようとすると、必然的に「そのモノを使用しているとき」にユーザがなにを考え、どのような感情を持ち、どのような体験を得られれば価値があると思うか?を考えるようになります。この思考のシフトが起こることによって、初めてイノベーションが産み出されるのです。

私は、この「コト・体験のデザイン」という考え方を、イノベーションプロセスの組織への導入にも適用してみようと思いました。

「イノベーションプロセス」という名詞ではなく、既存ビジネスに最適化された組織の中で『イノベートする』という体験を、社内の様々な立場のひとたちに向けてデザインしていくのです。

新しい体験をデザインするには、まずは「いまの体験」がどのようなものかを知る必要があります。

まずは手始めに、いままさに開発に着手しているイノベーションチームと、すでに解散したチームがどのようなプロセスでイノベーションに着手していたのかを「ジャーニーマップ」に書き出してみました。

ジャーニーマップとは、体験の当事者がどのようなプロセスを通じて目的を達成しようとしているかだけでなく、タッチポイントで「実際に起こした行動」や、さらには「感情」も含めて可視化する手法で、通常は、製品やサービスのユーザ体験を可視化するツールなのですが、これをイノベーションチームの「イノベーションデザイン体験」にカスタマイズして適用してみたのです。

マップの作成を進めていくと、正誤表に依存していたときには把握できなかった、実に様々な「知らなかった・分かってなかった」ことが次々と判明します。

クライアント担当者へのヒアリングで事前に把握できていた問題については概ね予想通りだったのですが、社内調整済みだと思っていたことが実はまだ解消されていないという事実が次々と発覚したり、新しく導入したプロセスがかえってチームが現場に赴くことを阻害する要因になっていたりと、「イノベーションデザインという体験」が決して「良い」とは言えない事実が可視化できるようになったのです。

なかでもショックだったのは、外部からイノベーションプロセスが阻害されたときにメンバーのモチベーション低下が想像以上に著しく、なかにはその時の感情を「会社に対する不信感が増幅された」と表現するひとがいたほどです。この感情が芽生えたのは、経営トップから何度も繰り返された「顧客ファースト」というスローガンと現実の乖離があまりにも大きかったことが原因でした。

このように、イノベーションプロセスを「体験」として理解するまでは、正誤表にもとづいて設計したプロセスこそが目指すべきゴールだと理解していたのですが、いま思うと、イノベーションプロセスを「モノ」として考えていたに過ぎません。プロセスというものは、ヒトの活動を促進するものであって、制約となっては意味がないのです。

活動が促進される状態とは、一般的には「ムダな作業」がないことだと理解され、リーン、アジャイルの考えに従って「ムダな工程」を取り除こうとしますが、イノベーションデザインにおいて最も大きなムダは、チームメンバーのモチベーションの低下です

火花が炎にならないのは、ここに最大の原因があるのです。

クライアント担当者と密室で設計したイノベーションプロセスは、論理的に見れば合理的ではあったものの、チームメンバーの「内発的なモチベーション」に火を付けるどころか、消火してしまっていました。

プロセスを「モノ」ととらえ、正誤表にしたがって設計したプロセスを強制的に適用すること自体は可能ですが、これで得られるのは、良くても「外発的なモチベーション」に過ぎません。

イノベーションとは、結局のところ「ヒトの情熱」から産み出されるものであって、ルールから誕生することはないのです。

初めてこのアプローチを採用して以降、私は他社でも同じアプローチを提案して実験を重ねてきました。その経験を言語化しようという試みが、このブログなのです。


このアプローチを一言で表現するなら、冒頭でお話した「変換プロセス」にこそ「人間中心設計」や「UXデザイン」を採用するべきだということです。

一般的な企業では、イノベーションの対象となる「ユーザ」に対してUXデザインを採用するケースはありますが、イノベーションチームという「社員」に対してこれを実践する企業はほとんどありません。

UXデザインでは、ユーザが課題を解決するために利用したはずの製品やサービスになんらかの「不具合」を感じてしまうことによって、その製品・サービスを通じた課題の解決を諦めてしまうという現象が「どこ」で発生しているのかを可視化し、改善の機会を的確に捉えます。

実は業務プロセスという「コト」のデザインにおいてもこれは同じで、イノベーションを興すためのプロセスになんらかの不具合があれば、当然のようにイノベーションチームの目標設定の妨げとなります。

イノベーションチームに対する「人間中心設計・UXデザイン」の適用は、実に理にかなったアプローチなのです。

創造性が高い企業で採用されている数々の手法が有効なのは、こうした企業がイノベーションを実践するひとたちの「ユーザ体験」をとても重要視しているからであって、ただ手法を採用すればよいわけではありません。

良い体験は良い人材を引き寄せ、さらにイノベーションは加速するのに対して、悪い体験しか得られない企業からは、率先して良い人材が離れていきます。

働くひとたちの「体験」を向上させること以上に、イノベーションの可能性を向上させる手段は存在していないのです。

UXデザインとはご存知の通り「ユーザの目標達成を促し、その体験に価値を感じる」よう、製品・サービスデザインすることです。

このUXデザインをイノベーションデザインに適用し、本当にマーケットやユーザの「体験」を価値のあるものにできるかどうかは、自分たちも企業から体験を重要視されているという実感があるかどうかが影響することは間違いありません。

少なくとも、著しく不具合だらけでモチベーションがあがることがないプロセスを実践するという体験によって、イノベーションという高い要求を実現するほどのパフォーマンスが発揮されるはずがないからです。

もしみなさんがプロセス実践者のユーザ体験を理解することなく、スタートアップの手法やコンサルタントの提案を忠実に採用しようとしていたら、そのプロセスは、ただ機能と外観だけをデザインした「モノ」と同じ運命をたどる可能性は非常に高いかもしれません。

このアプローチで開発された製品・サービスがコモディティから脱却できないように、体験を無視したプロセスは、いずれユーザに見捨てられる運命なのです。


Process Design Inc.はこうした思考をベースに、イノベーションプロセスのデザインを支援しています。

最大の特徴は、どのような企業においても、すべてオリジナルのプロセスをデザインすることにあります。組織が抱える課題や、実践するヒトのユーザ体験を考慮せずに、ただフレームワークの採用を提案することは一切ありません。

もしみなさんが「マーク」と同様の悩みを抱えているようであれば、ぜひ一度ご相談ください。

教育機関や自治体が開催する起業家育成プログラムなども、プログラム提供側の論理で構成されるものが多いと感じています。これを、参加するヒトの「良質な体験」をベースにデザインすると格段に良いプログラムになりますので、このようなポジションのみなさんのご相談も大歓迎です。


今回は、まず「イノベーションの原材料を現実世界の成功に変換するプロセス」の具体的な事例として、イノベーションデザインという「ユーザ体験」および「UXデザイン」というアプローチを紹介しました。

今後もProcess Design Inc.のアプローチを紹介していきますので、ぜひ次回もお楽しみに。